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2005年 03月 20日

魂の1枚

"Crocodiles "(1980)
Echo and the Bunnymen

c0066843_20353937.jpgこのブログを始めたきっかけは、スカイパーフェクTVのMusic Onというチャンネルでやっている"Our Favourite Shop"という音楽番組である。UKものを中心として、新しい曲と、80−90年代の曲とをミックスして流していたので、懐メロも聴けたし、新しい情報を得ることもできた。DJがおサルと犬のパペットと動物型のナベつかみという設定(各動物に持ちジャンルがあった)も好きで、2年くらい前から楽しんで観ていたのだが、その番組が突然3月末で終了してしまうことになった。3月末は番組で毎年人気投票をするのだけれど、今回最後ということもあってついに参加した。投票事項のひとつに、「これまでのベスト3アルバム」というのがあるのだが、3枚選んだうえに順位までつけるとなると、これが難しい。好きなアルバムなんていっぱいあるじゃないですか。あれこれ考えていくと、「思い入れ」という点から10代のときに聴いたものがやっぱり浮かんでくる。前のアソシエイツなんかも相当好きだったのだが、私にとっての10代を象徴するのはやっぱりエコー&ザ・バニーメンなのである。
リアルタイムでバニーズを聴いたのは3枚目の「ポーキュパイン」ぐらいからだが、それから彼らのアルバムを1枚1枚、例の「O」レコード店で買っていった。デビュー作から4枚目まではジャケットもすばらしく、どれも好きなのだが、どれか1枚をあげるとすれば、このデビューアルバムである。荒けずりだが冷ややかで硬質なバックにイアン・マッカロクのボヤンとした声が重なって生まれてくる不思議な感覚は、暗い森の中で放心したように4人の若者が佇んでいるそのジャケットにすでに現れている。この森の奥から聴こえてくるようなイントロの1曲目"Going up"は高揚感にあふれていて、ライヴの1曲目でも使われていた。
このジャケットに写るイアンはまだ二十歳そこそこの頃だったと思うが、「O」の館長さんが「触ったら折れそうやろ」と言うくらい、繊細なルックスをしていた。イアンは10代の私のアイドルで、載った音楽誌は必ず買っていたが、「夜のヒットスタジオ」に出たときはビックリした。ちょうどその頃ドラムのピートの脱退騒動なんかがあってゴタゴタしていたときだったと思うけれど、"Dancing horses"を(おそらく口パクで)演奏した(今でもビデオに撮ってあるはず)。ピートが結局事故で亡くなったりして、その後バニーズは解散し、イアンはソロになった。コクトー・ツインズのエリザベスとのデュエットも素敵だったし、来日公演も行ったけれど、やっぱり私は「4人組バニーズのイアン」が好きだったのだと思う。再結成したそうだが、もうみんないい年のオジサンなんだろうなあ。「クロコダイルズ」の音は、やはり若さゆえの音で、二度と再生はできないだろう。
ところで、大学時代によく通っていた「S」という輸入盤店に、イアンがバニーズをやっていた傍ら出した「セプテンバー・ソング」のサインつきレコードがあったのだが、高い値がついていたのでいつも指をくわえて眺めていた。先日その辺りを通ったら、どうも店がなくなってしまったようだ。あのレコード、どこに行っちゃったのかな・・
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by exquise | 2005-03-20 23:19 |
2005年 03月 02日

君よ、安らかに眠りたまえ

"Sulk"(1982)
Associates

c0066843_2042428.jpgその頃、私がよく通っていたのは「O」という名前のレコード・ショップだった。この店の店長(みんなは「館長さん」と呼んでいた)は、一風変わった人で、色んなことをよく知っている人だった。ある日、「ミュージック・ライフ」で評判が高かったこのアルバムを買おうとしたら、館長さんに「キミはエライ!」とえらく褒められてしまった。どうやらとてもお気に入りのグループで、日本で発売されたLP2枚ともが常備されていたらしい。そして彼はこのアルバムに入っている「暗い日曜日」にまつわる話を教えてくれた。何でも、この曲はもともと古いシャンソンなのだが、この歌がラジオから流れ出ると自殺者が続出するので、放送禁止になってしまったそうである。「そういう曲を選んでやっているのがスゴイねん」と館長さんは語った。
館長さんの絶賛は誇張ではなく、「サルク」は本当にすばらしいアルバムで、ジャケットが物語るように、ゴージャスな作品だった。アラン・ランキンの紡ぎだすきらびやかな音と、それに負けないくらい華やかなビリー・マッケンジーの官能的なヴォーカル(それにバックのジョン・マーフィーのドラムもすばらしかった)。インストの1曲目から、最後に再びインストの曲に戻るまで、ハズレの曲がない、見事に構成されたアルバムで、私は何回このLPを聴いたことだろう。
c0066843_22474660.jpgすぐにまた「O」へ走り、もう1枚のアルバム「Fourth Drawer Down」も手に入れた。これは「サルク」より前に出た彼らのセカンド・アルバムで、陰鬱な雰囲気が漂うシングル集だったが、これも同じくらいよく聴いた。日本盤ではセカンドとサードしか発売されていなかったのだが、それでは満足できず、輸入盤店を歩いて(そのころはタワレコもヴァージンもHMVもなかったので、品揃えのいい店は少なかったなあ・・)ファーストアルバムや、マキシシングルを探し回った。こうしてアソシエイツは思い入れの深い最初のバンドとなったのだ。
「サルク」が出てしばらくして、アラン・ランキンが脱退し、アソシエイツはビリー中心のグループとなった。アルバムも出たが、もはやあのほとばしるような輝きは感じられなかった。どっちかというとビリーのヴォーカルが注目を浴びていたけれど、アランの存在もまたアソシエイツには欠かせなかったと思う。
その後95年ぐらいから、私の情報収集欲がプッツリ途絶えてしまいしばらく音楽生活に空白期間があったので、ビリーが97年に自殺してしまったことを知ったのは、2年前のことだ(おまけにThe Smithsの「William, it was really nothing」のWilliamがビリーのことだというのを知ったのも、つい最近だった・・)。「暗い日曜日」の結末がそんな形でやってきたのは、ほんとうに残念なことである。
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by exquise | 2005-03-02 22:49 |